明治時代
1868年(明治元年)
旧幕府領地ヲ直隷ト為スノ令が布告され、徳川支配の旧幕府領地・森林原野はすべて朝廷の御料となる。官地官林設定の発端。
1869年(明治2年)
プロシア人のガルトネルが、箱館にブナを植林。(七重村にガルトネル・ブナ林として現存)
1878年(明治11年)
長野県で継続的なカラマツ造林の開始。
1879年(明治12年)
オランダ人土木技師デレーケが報告書のなかで「治水は治山なり」を述べる。
1886年(明治19年)
金原明善(きんぱらめいぜん)が造林事業に着手。天竜水源地にスギ、ヒノキ229万本を挿苗する。
1893年(明治26年)
山林局、1895年から30年間の国有林における造林計画(12万5000町歩)を立案。
1895年(明治28年)
ノースロップ博士が来日。「アーバーデイ(愛林日)」の精神を説く。
明治政府が学校林設置の訓令を出し、11月3日(明治天皇誕生日)を「学校植栽日」とする。
1897年(明治30年)
最初の森林に関する一般法である森林法が公布される。
1898年(明治31年)
本多静六林学博士の提唱により、4月3日(神武天皇祭)が植栽日となる。
1899年(明治32年)
国有林野特別経営事業(不要国有林野を払い下げた代金を積み立てて国有林を造林などで改良整備する事業)始まる。
1900年(明治33年)
西日本の痩悪地にヒノキの造林が盛んになる。
1908年(明治41年)
宮城県、岐阜県が我が国最初の県行造林を実施。
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大正時代
1912年(大正元年)
奥羽本線磐越線(おううほんせんばんえつせん)に雪崩防止林が初めて造成される。
1920年(大正9年)
明治神宮竣工。(全国からの献木数9万5559本、これを含めた林苑立木12万2572本)
公有林野官行造林始まる。 |
昭和時代
1929年(昭和4年)
造林推奨規則が公布される。(初めて私有林まで補助対象を拡大した)
1933年(昭和8年)
大日本山林会会長和田国次郎氏、農林次官石黒忠篤氏、山林局長村上竜太郎氏らにより、毎年4月2日から4日までの3日間を「愛林日」とし、全国一斉に愛林行事を催すことを提唱。
1934年(昭和9年)
第一回愛林日に、日本最初の中央植樹行事が茨城県の鬼が作国有林で行われる。
1945年(昭和20年)
東京大空襲により中央植樹行事は中止される。
1947年(昭和22年)
林業六団体によって「森林愛護連盟(徳川宗敬会長)」が結成され、4月4日に皇太子殿下(現天皇陛下)を迎えて愛林日植栽行事が復活する。
1948年(昭和23年)
東京都青梅市に天皇皇后両陛下を迎えて記念植樹行事を行う。以来記念植樹行事には両陛下を迎えることが恒例となる。
「緑の週間(4月1日〜7日)」が設けられる。
1950年(昭和25年)
緑化運動推進母体として「国土緑化推進委員会」が結成される。
愛林日の中央記念植樹行事は「植樹行事及び国土緑化大会」と呼称される。
「緑の羽根募金」が開始される。
「全日本学校植樹コンクール」の実施を開始する。
国土緑化運動ポスター原画と標語の募集を開始する。
1957年(昭和32年)
根釧原野の一角に約1万haのカラマツ林を造成するパイロットフォレストを開始する。
1958年(昭和33年)
分収造林(ぶんしゅうぞうりん)特別措置法公布。
1960年(昭和35年)
「グリーンスカウト運動」を提唱し、青少年による緑化運動組織(後の緑の少年団)が誕生する。
1961年(昭和36年)
森林開発公団造林を開始。(官行造林も継承)
1964年(昭和39年)
林業基本法が分布される。
1966年(昭和41年)
「県の木」が制定される。
1967年(昭和42年)
国土緑化推進委員会が社団法人化される。
1970年(昭和45年)
植樹行事及び国土緑化大会から「全国植樹祭」に名称を変更される。
1977年(昭和52年)
皇太子同妃殿下を迎えて第1回「全国育樹祭」が開催される。
1983年(昭和58年)
分収育林(ぶんしゅういくりん)制度、森林整備法人の法制化が始まる。
1984年(昭和59年)
21世紀の森林づくり委員会が設置される。
1986年(昭和61年)
21世紀の森林づくり委員会が「国民参加の森林づくり」を提言する。
1988年(昭和63年)
社団法人国土緑化推進委員会が社団法人国土緑化推進機構に名称を変更する。
「緑と水の森林基金」が創設される。
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平成時代
1989年(平成元年)
「みどりの日(4月29日)」が制定され、国民の休日となる。
緑の週間が4月23日からの一週間となる。
1995年(平成7年)
緑の羽根募金が「緑の募金」に法制化される。 |