鎌倉時代
1190年(建久元年)
熊野のスギが、土佐国幡多郡熊野神社(とさのくにはたぐんくまのじんじゃ)に移植される。
1261年(弘長元年)
大和のスギが、能登国珠州郡春日神社(のとのくにすずぐんかすがじんじゃ)に移植される。
1314年(正和3年)
仙台領内で紀州熊野産(きしゅうくまのさん)のスギ種子により苗木の養成が行われる。
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南北朝時代
1349年(貞和5年)
熊野のスギが、陸奥国江刺郡正法寺(むつのくにえさしぐんしょうほうじ)へ移植される。
1394年(応永元年)
京都北山において、初めてスギの台木をつくる。(白杉、北山丸太栽培の起源) |
室町時代
1469年(文明元年)
犬居町秋葉神社(いぬいまちあきはじんじゃ)社有林にスギ、ヒノキの植林。(天竜での人工造林の開始)
1501年(文亀元年)
奈良県吉野川上郡でスギの植林が始まる。(吉野での人工造林の開始)
1542年(天文11年)
武田信玄、甲斐国釜無川(かいのくにかまなしがわ)の左岸に霞堤(かすみてい)を築き植林する。
1550年(天文19年)
この頃から植林の奨励がなされ、山林の荒廃、洪水の害を防止し、開田事業を保護するため焼き畑を禁じる。
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安土桃山時代
1570年(元亀元年)
仙台藩、海岸一体に砂防林を創設。(以後各藩が海岸砂防林の造成に取り組む)
1573年(天正元年)
武蔵国高麗郡(むさしのくにこうらいぐん)、稚苗数万本を植え、かつ数十町歩の原野を新開して木を増殖する。
1600年(慶長5年)
紀州藩主徳川頼宣が尾鷲(おわせ)地方の人工造林の端緒を開く。 |
江戸時代
1618年(元和4年)
長岡藩主牧野田忠晴、水野尾林(御水林)を設定する。(水源かん養保安林制度の初まり)
1626年(寛永3年)
萩藩、20年毎に伐採する輪伐法を取り入れた「番組山」制度を導入。
1631年(寛永8年)
青梅・西川近辺の入会論争が始まる。
1642年(寛永19年)
幕府が代官に「木苗などを植えるべき場所には木苗を植え申すべきこと」と造林命令を出す。
1643年(寛永20年)
幕府、御林奉行は代官所をして御林地元村々に植樹を命じ、耕地山野への植樹を申しつける。
1661年(寛文元年)
幕府、諸藩は林産資源保続のため御林(下草はもちろん枯れ枝まで採集を禁じた森林)を設ける。
諸産業が勃興(ぼっこう)し始め、木材採取が盛んになり、民間林業が出現し始める。
1697年(元禄10年)
仙台藩、陸前国気仙郡(りくぜんのくにけせんぐん)の百姓半兵衛に熊野スギの実をわたし、私費で65万坪にスギを植林させる。
1702年(元禄15年)
津軽藩主津軽信政、外浜の明山へスギ苗4万本植え付ける。
蟻須賀藩、造林と共に天然林の撫育(ぶいく)と植栽、実蒔を命じる。
1716年(享保元年)
日田地方(ひたちほう)にスギの山挿し始まる。
1764年(明和元年)
挿スギ、挿ヒノキ造林についての具体的な仕法を通達する。(幕府による造林技術指導の始まり)
1782年(天明2年)
武蔵国秩父郡(むさしのくにちちぶぐん)の吉田栗右衛門、山林中八畝の雑木を皆伐(かいばつ)してスギ苗2300本を植栽する。
播磨国多可郡(はりまのくにたかぐん)の山口治右衛門、雑木林を伐採してスギ、ヒノキの苗6000本を植える。
1824年(文政7年)
日向国飫肥藩(ひゅうがのくにおびはん)、スギ苗102万5000本を植林する。
1826年(文政9年)
鳥取藩、「諸木増殖仕法」を制定。苗木を支給し、地主と植林者の分収形態を認める。保安植林を集落総出で行わせる。
1836年(天保7年)
伊勢国飯南郡波瀬村(いせのくにいいなんぐんはせむら)の田中彦左衛門が、飢饉(ききん)に窮していた民に代償を問わずに食料を買い与えた。民はその美徳を感じて30町歩を造林した。(天保飢饉林)
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